つまり後編があるわけで、17話はまだ終わってません。
半端ですが、せめて月一ぐらいは出したいなあ、と、
見切り発車で仮置きしました。MHP2たのしー。
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衛宮家の台所に足を踏み入れた俺が最初に取った行動は、冷蔵庫を開けて頭を抱えることだった。
まるで共産国末期の店先みたいな荒涼たる有様で、残ってたのはクズ肉クズ野菜と調味料ぐらい。
……つまり、ロクな食材がなかった。
一応フォローしておくと、これは断じて買出しした桜の責任ではない。
敢えてその責を負うべき人物を上げれば、うちにある食材を使えるだけ使い倒した遠坂にあるだろう。
なにせ、満腹領域が深淵の向こう側にある人たちが相手。
分量のコントロールは調理側でしなくちゃならないのが自明の必然なのである。
無論、遠坂はわかっていて確信犯的にやったに違いない。
どうやらアレは我が家のエンゲル係数を引き上げるあくまでもあったらしい。
気合入れて調理場に突入したものの、俺はいきなり躓いてしまった。
「―――」
とはいえ―――、ま、しょうがない。
この場にいない人間に幾ら不平不満を並べたところで、今の状況が改善するわけでもなかった。
それに後でもう一度作るつもりだったことを伝え忘れていた俺自身の所為でもある。
有無を言わさず、自分で何とかするしかないだろう。
まな板の上にかろうじて残っていたメインを張れそうもない食材たちを一列に並べて俺は黙考した。
明日の朝はパン食で妥協するとして、取り敢えず横たわる課題は、今、どうするか。
ああでもない、こうでもない、と限られた選択肢の中で出した答えは、
「炒飯にするか。これも一応、中華だし」
最善の解として導き出されたのは、余った食材で手堅く美味しい定番料理。幸いにして米はある。
最初だから持て成したい気持ち山々であるが、無いものは出来ない。
下手に凝って待たせてしまうのも何だから、これでいい。
うちでは滅多に作ることはないが、失敗することだって滅多に無い、無難なメニューだ。
―――よし、決めた。
そういうわけで一目散、俺はすばやく調理に取り掛かった。
さして時間をかける料理でもないので、直ぐに完成。
イメージは中東圏でなくともイスラム圏に違いない島々な国の有名料理。
具体的には無知であるため、本当にイメージだけだが、それっぽくなった。
さっそく味見。
さて、出来栄えは、
「ん、まあまあ、か」
若干物足りない感じがするのも予想通り。
具材が少ない以前の問題で、これは肉をまったく入れてない所為である。
ハサンは何も言ってなかったが、豚肉を避けるべきであることぐらい、俺でも知っていた。
また、もっと慎重を期するつもりなら、商店街で手に入る食肉がハラールされてるわけもない。
なので、思い切って他の肉も除外した。
おかげで主役不在のえらくヘルシーな炒飯になってしまったが、まあ、不味くはないだろう。
水準としては、獅子はもぐもぐ、虎はがつがつ、といった感じの出来栄えである。
最近の様子を見る限り、桜あたりにも気に入ってもらえるかもしれない。
さっそく二人分の皿に盛り付けて、居間へ。
「おーい、ハサン、でき――――――
―――っ!」
そこで目にしたものがあまりに不意打ちで、俺は固まった。
……女の子がいた。
「?」
ぼんやりと佇んでいたソイツはゆっくりと見上げた。
目線が合っても依然として体感時計を止めたままの俺に問う。
「士郎殿、如何した?」
「あ」
……そうだった。
語彙選択が特徴的、外見と不釣合いなその喋り方で、俺はようやくコイツが何者なのか思い出した。
よく見ればさっきと同じ位置、同じ姿勢で、違うのは顔だけである。
これでわからないようなら、自分を呪っていい。
己がマスターの不自然な態度、その理由はあちらも察したようで、
「成る程。食事に邪魔かと思い、仮面は外していた。気になるようなら―――」
「い、いや。いいぞ、そのままで」
中身が違うので雰囲気こそだいぶ異なるが、コレは一昨日の少女と同じ顔のハサンだった。
忘れていたというか、無意識に忘れようと記憶から除外していたのか。
そういえば髑髏の下はこんな感じだった。
ちなみにその仮面はというと、ちゃぶ台の隅に悪趣味なインテリアの如く置かれている。
ハサンの顔はこっちの方が印象強いから、生首みたいに見えた。
まるで材料が浅井さんの杯―――って、いや、あれは作り話か。
そんなことより、
「えっと……」
そのまま微動だにしないハサンは、どうやら俺のアクションを待っているらしい。
生気がないガラス玉のような赤い瞳に見つめられて、わけもなく俺の心臓が跳ねる。
宝具を使わずとも掴み出されそうな勢いだった。
普段は告死天使の名に恥じない骸骨面なのに、剥いたら美少女というギャップは反則だろう。
ハサン本人に言わせると、こちらの顔も仮面みたいなもの、らしいけど。
まあ、あからさまにパクリもんだし。
でも、それがわかっていても何故か、俺は居た堪れない気持ちになった。
出所不明の罪悪感が微かに過ぎる。
決して何かしようというわけでも、期待しているわけでもないのだが。
動揺してると本当に意識してるみたいで、いろいろと……拙い。
いや、俺は正常だ。
「そだ―――メシできたぞ」
このまま突っ立っていても埒があかない。
待っているというのなら期待通りに、先ずは行動に出ることにした。
俺はハサンの前に炒飯が乗った皿を置く。
「材料がなくて、これぐらいしかできなかったけど、是非、食べてみてくれ」
喋りながら、その真向かいにもう一つの皿を置いた。
一緒に、という主旨であるから、当然、俺も食う。
そのために俺は、わざわざ晩飯を七分程度に抑えていた。
ハサンとちゃぶ台を挟んで正対する位置に腰を下ろした。
そして様子を窺う。
「………………」
ハサンは観察していた。
その表現が最も適切だろう。
具体的には、自分の目の前に置かれた湯気立つ炒飯を、じっと見つめていた。
表情が乏しいというか、無くて、それ以上のことはわからない。
「これは炒飯だ。簡単に言えば、つまり……米といろんな具を合わせて炒めたものだ。
たぶん問題ありそうな具材は入ってないから、安心してくれ」
適当すぎる説明を付け加える。
伝わっただろうか。
ついで言えば、油だって植物性の天然モノ。
藤村家に届いたお歳暮である。
俺の言葉で決意したってわけじゃないだろうが、やがて、
「いただく」
ハサンが動いた。
「おう。いただいてくれ」
やっぱり外套の下で折りたたんでいる右手は使わないようだ。
白い小さな左手がテーブルの上に伸びて、スプーンを掴んだ。
セイバーは英国令嬢とは思えないほど上手く箸を使いこなしていたが、ハサンは果たしてどうだろう。
箸よりもだいぶ難易度は低いと思うけど―――、
「…………」
ぐーだった。
力いっぱいスプーンを握り締めていた。
仮面を外したおかげで見た目がぐっと幼くなってるから、ヘンな具合に似合う。
微笑ましいというか、なんか、気恥ずかしい。
初めて離乳食を脱した子供を見るような、微妙な気持ちになった。
だが、器用さだけはサーヴァント随一、折り紙付きのハサンである。
見ているこっちからは不安定で仕方ないが、本人は関係ないようだ。
精密機械のように腕が動いて、半円に盛られた炒飯の中腹を崩す。
ジャストな分量をスプーンの上に乗せた。
サイズことミニチュアだが、俺は土木工事を連想する。
「いただく」
二度言った。
めずらしい。
「いってくれ」
無闇に緊張しながら見守る俺。
そしてついに、
「ぁ―――む」
口をつけた。
ステンレスの銀色が薄赤い口腔に触れる。
大き過ぎて一度では入らず、でも、何回かに分けて口の中に押し込んだ。
やっぱり何かの作業のように見えるが、ゆっくりと、
咀嚼。
咀嚼。
溜飲。
一連の作業を終え、俺が作った炒飯は確実に体の中心に収まった。
ここまで来れば、もう間違いないだろう。
―――よし。
よし。
苦節?三日目にして、ついにハサンがメシを食った。
やっぱりこうでなくっちゃな。些細なことだが、意義はある。
こうして向かい合わせで座ることで、何というか、
ようやくハサンを衛宮家に迎え入れたという実感が俺の中に生まれた。
そんな妙な達成感の後、気になるのはもちろん感想である。
俺はそっと様子を窺った。で、
「むむ」
……ダメだ。さっぱり、わからない。
一つの芸術作品であるかのように、ハサンは見事な無表情。
ここまで感情がない顔を作れるものか、と、逆に感心する。
これまでは仮面のままでも以心伝心、何となく何故か、無言の意思疎通ぐらいはできた。
けれど、顔が変わった所為もあってか、今回ばかりはいまいち読めない。
そうこうするうちに、ハサンは二口目にいった。
知りたくば覚悟を決めて、直接訊くしかないだろう。
「どうだ?」
「ん」
反応こそあったが、それは質問に対する返答ではなかった。
感想を訊いていることぐらいわかりそうなものだが、待ってみても次の言葉がない。
もっとも、はじめから多感な所懐陳述を期待していたわけじゃなかった。
グルメレポーターの如く着飾った台詞がハサンの口から出たら、驚く以前に疑ってしまうかもしれない。
なので、これはこれで正常。
代わりに今度は二者択一の質疑を問う。
「ダメか? やっぱり口に合わない?」
すると、ハサンは首を横に振った。
俺は少し安堵する。
戦略としてのハッタリや思考誘導の駆け引きはこなせるヤツだが、意味のないところでの嘘はつかない。
数日の付き合いでそれはわかっていたから、最低の評価は免れたと言っていい。
「じゃあ、美味かった?」
さらに訊く。
「――――――」
ハサンの手が止まった。
不自然に開いた間は、俺を気遣って返答を迷った所為か。
それでもやがて、ハサンははっきりと首を振った。
「むむ」
最悪ではなかったが、最善でもなかったらしい。
そうそう、都合よくいかないか。
「だったら、普通?」
次も訊ねると、即座に三度目の首振り。
三分割でダメなら、間に二つ、「まあまあ」と「微妙」のラインを想定ぢ、俺は口にしようとして、
「――――――士郎殿」
ハサンが喋った。
「……?」
見ると、瞳がまっすぐ俺の顔に定まっていた。
表情は変わらず無であったが、ただならぬ気配は伝わる。
いったい、何が―――?
「この場を繕って嘘をつくのは造作も無い。が、何れ、早い段階で知れること。
ならばゆえ、士郎殿には誤解無きように今のうちに伝えて置く」
そして告白した。
「―――わたしには、わからない、のだ」