2007年02月13日

Faceless token.17-1





 ども。半年以上のご無沙汰ぶりで、17話。但し、前半部のみです。



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 客人を二名交えての遅い夕飯は一時間ほど続き、恙無く終了した。
 誰かさんが張り切りすぎて相当量の中華が食卓に並んだが、食欲旺盛な女性陣のおかげで残らず消えている。
 尚、感想は言うまでも無い。素直に喝采を送ろう。で、

「じゃね、衛宮くん。また明日、学校で」

 まさか泊まるとか言い出さないか心配したが、杞憂に終わったらしい。
 後片付けの後、遠坂のやつはあっさりと腰を上げた。
 俺たちの関係について、どうやら遠坂はそこらへんに線を引いているみたいだ。
 夜はそれぞれの時間である、と。
 当然セイバーも遠坂に倣い、ならばと他二名も動く。
 合計四名を見送るために俺は玄関に赴いた。

「もうだいぶ遅いし、送らなくて平気か?」

「ええ、遠坂先輩が途中まで送ってくれるそうなので」

「そそ。送り狼には気をつけないとね」

「人聞き悪いな。桜に変なこと吹き込むなよ」

「うーん、たしかに士郎にはそんな度胸ないわね。せいぜい野良犬止まりじゃないかな」

「つまり、野良犬に噛まれたと思って諦めろ、と」

「えっ? わたし、噛まれちゃうんですか?」

「さーくーら、冗談でもそんな顔すると、ホントに襲われちゃうわよ。こういうのがいちばん危ないんだから」

 いったい俺の何を指して「こういうのが」なのか気になったが、反論すれば泥沼に嵌りそうなので口は閉ざしておく。
 ちなみに「送り狼」とは、縄張りに入った人間を尾行する今は亡きニホンオオカミの習性に端を発する。
 しかし実際の狼は後を追うだけで襲うことはなかったらしい。
 それどころか他の野生動物に睨みをきかせるぶん、その意味に反してかえって安全だったのだそうだ。
 真実は得てしてそんなものであり、実際は野放しで見境のない野犬などの方がずっと恐ろしい存在なのである。
 そして勿論のこと、俺は狼でも、ましてや野良犬でもない……たぶん。

「じゃ、みんな、気をつけてな」

 〆の言葉を全員に向けて放った。皆、異存はない様子。
 ともかく会話はそれで終了し、去っていく彼女たちが見えなくなるまで俺は見送った。

「―――ふう」

 比較的冬が暖かだと言われる町であるが、夜の空気はやはり冷え切っていた。
 吹き下ろしの風に体の熱が奪われる前に屋敷へと戻った。
 玄関を抜けて中に入ると、さっきまでの賑やかな団欒が嘘だったみたいに閑散としていえる。
 もとより広すぎる屋敷であり、客人いなければとことん静かであるのはいつも通りで、そこに特別な感慨はない。
 だが、いつもと同じように見えても、いつもと違う部分はたしかにあった。

「―――や、久しぶり」

 廊下を抜け居間に戻ると、そこにはハサンが待っていた。












   Faceless token.     17











 何となく口をついて出た言葉。久しぶり。
 客人がまとめて帰ったおかげで隠れる必要がなくなり、全身を覆う黒い外套と仮面という姿でハサンは立っていた。
 日本家屋に中東暗殺者の組み合わせはおかしな絵面であるのにも関わらず、違和感なく溶け込んでいる。

「………………」

 ハサンは声には出さず、仮面を微細に上下することで俺の挨拶に応えた。
 そう。思えば、こうしてまともに顔を合わせるのも朝以来の話である。
 その間に俺たちが置かれている状況もかなり変化していたから、絶対時間は半日程度なのに、相対的にはまさしく「久しぶり」だった。
 帰宅してからそれなりに経っているわけだし、いまさら「ただいま」も「おかえり」も変だから、第一声は一先ずこれでいい。続けて、

「あのさ、遠坂たちと同盟組むことになったんだけど、いいかな?」

 用事は先に片付けてしまおうと考えて、俺はいきなり訊いた。
 ハサンを相手に四方山話から始める必要はないだろう。少なくともそのような間柄にはなっていると思いたい。
 で、今日もっとも大きく変化したであろう案件をダイレクトに伝えたわけだ。すると、

「聞いていた。わたしはマスターの決断に従うだけ」

 耳に残り難い一本調子の抑揚で、テンプレート通りの解答がハサンから返ってきた。
 YESもNOも無く、ただただ現状の受け入れを宣言。それでは駄目だ。
 此方が求めていたのとニュアンスが異なる返答だったので、俺はあらためて言葉を繋ぐ。

「うん、まあ、ハサンならそう言うと思ったけど、できれば意見を聞きたい。今後の参考にするからさ」

 他のサーヴァント、具体的にはセイバーと今日一日接したことで気がついたのだが、ハサンはことさら主従関係を重要視する傾向が強い。
 セイバーにも多少そういう向きがあるが、ハサンの場合、殆ど盲目的と言っていいぐらいの忠実ぶりを発揮する。
 それは信念でそのように振舞っているというより、はじめから逆らうという概念自体が抜け落ちているみたいな感じだった。
 しかし、本人はそれでいいのかもしれないけれど、俺は上でふんぞり返って命令するだけなんて立場を好ましいと思っていない。
 可能かどうかは別として、もしハサンが同盟に嫌悪を示すようなら、名残惜しくとも破棄するぐらいの覚悟は持ち合わせている。
 俺は未熟だ。そんなことはとうに分かりきっている。
 最終的に決断するのは俺であり義務だが、助言ぐらいは欲しいと思うのは我侭に入らないはずだ。

「………………」

 待つ。俺の意図を察してくれたのか、泣き笑いの表情に固定された仮面が僅かに傾き、こちらを向いた。
 少し間を置いて、外套の奥からおよそ見た目と不釣合いな少女の声が詠われた。

「止むを得ない。実力差がはっきりしている以上、あちらの要求に逆らう選択肢は無かった。即時敵対戦闘状態を回避できたのはむしろ幸運。
 このまま同盟が続くと後々厄介な問題が残るため策を講じる必要はあるが、当座警戒する対象が減る利点を思えば戦略として悪くない。
 注意すべきはセイバーは強力である反面目立つという欠点を抱えており、我々もそれに引き摺られる可能性が高いこと。
 現状ではある程度のリスク負担は妥協し、一方でかの者たちには我々の誘蛾灯として役立ってもらうことを考えている。
 将来の懸念に対抗する手筈はわたしの方で用意すしよう。今は最強の手札であるセイバーの後ろで守られる立場を甘受してもらって構わない」

「そ、そっか」

 えっと、要約すればハサン的にはOK―――と考えていいんだよな。
 途中、少し気になる言葉が含まれていたので、ついでに訊いた。

「後々の厄介な問題って何だ?」

「何度か説明している通り、わたし単独ではセイバー相手に勝ち目はない。
 戦況が順調に推移して、最終的にわたしとセイバーの二騎になった場合、こちらの敗北は必至、不可避となる。
 おそらく遠坂凛はそれも計算に入れている。いつでも排除可能と見て、利用するだけ利用しようというのが同盟の実体」

「む……なるほど。本気で勝ちを狙うなら、そりゃ、たしかに問題あるな」

 遠坂たちにとって俺たちは敵として事を構える価値すらなく、見逃されているというのがハサンの考えらしい。
 共通の敵が生まれたことで穏やかに軟着陸したかに見えても、その裏ではしっかりと自益誘導の駆け引きが存在していたようだ。
 闇雲に数減らしすることだけが戦略ではなく、こうした心理戦も聖杯戦争の一部なのだろう。
 目下のところ、俺はあらゆる意味で役に立っておらず、右往左往するばかりで申し訳ない。反省すべき点は多々あるが、

「ま、取り敢えずのところ、ハサンも納得済みだったみたいで安心した」

 と、俺は素直な感想を吐いた。
 思うところはあっても現状では手詰まり感が漂う。頭を裏表ひっくり返してみたとこで、結論らしきものは出るはずもない。
 だから、止めた。ハサンが語った通り、当面、遠坂たちと物理的に争う機会が先送りされたことを喜ぶことにする。
 もちろん、最低限の備えと警戒は怠らずに、だ。

「他に何か、今のうちに言っておきたいこととか、ないか?」

 一応訊く。ハサンは無言で首を振った。
 俺に合わせていた視線の照準がずれ、白い髑髏面が何もない虚空に向けられる。
 目視でニュートリノを数えてるみたいな反応から察するに、本格的に何もないらしい。

 話し始めると割と饒舌なので口下手ってわけじゃないが、用事が無ければハサンは基本的にだんまりだった。
 だから、もともと会話が成立し難く、また一方で俺自身だって話し好きでも話し上手でもないから、自然、三点リードが多くなる。
 もっとも、この沈黙に気詰まりを感じたことはなく、代わりに特別な心地良さもなくて、まるで空気そのもののように干渉しないのが実体だ。
 これはこれでいいだろう、と、俺は密かにこの閑暇を気に入っていたりもする。

 で、だ。



「――――――」

 さて、指折り数えてみる。
 ハサンと話した。家事は済んでいる。危険だからという理由で魔術鍛錬は止められているから、しばらくは中止。
 聖杯戦争参戦者なら夜こそが本番と出歩いてもよさそうなものだが、俺たちに限っては最初に決めた通りに様子見。

 ―――後顧の憂いはない。

 となれば、いよいよここからが俺の正念場である。
 なるべく自然を装って、

「そういえば、メシ、まだだろ。遅くなったけど今から作るから、ちょっと待っててくれ」

 告げた。
 と、だが、俺が台所に向かいかけたところで、

「必要ない」

 断られた。

「なんでさ。俺も付き合うからさ」

「無用」

 ……むむ、取り付く島もないな。
 流れのまま頷いてくれれば、などと都合よく考えていたが、そうは問屋が卸さなかったらしい。
 だけど、ここで引いては先日、先々日の二の舞になる。
 そう。じつは今日の俺、ある一つの決意を抱えて帰宅していたのだ。それは、

"ハサンにメシを食ってもらうこと"

 ―――だった。
 セイバーとの昼食時に思い立ち、でもって、今は絶賛説得中というわけ。
 もちろん行き当たりばったりで適当に言い出した話じゃなく、ちゃんと考えがあってのこと。
 食という原始的な本能に根ざす行為に割く時間を共有することは、互いにある一定の愛着を持たせる効果がある。
 要は「同じ釜の飯を食う」関係ってやつであり、コミュニケート手段としては莫迦にできない。
 マスターとサーヴァントが交流を深めるっていうのは、そりゃ、不可欠でないにしても、いいに決まっている。
 ………………
 いや、これはきっと後付けの理由だな。
 もっと単純に、正直に、感覚的に吐露すると、ハサン一人が仲間外れみたいになっているのが許せないのだ、俺は。
 さっきのが好例。食卓を囲んだのは五人で、近くにいるはずなのにハサンだけがいない。
 ま、仕方ない部分はたしかにある。
 存在濃度からして差があるセイバーと同じというわけにはいかず、真っ向からのアサシンスタイルでは一般社会に馴染み難い。
 藤ねえや桜までもいて団欒を囲むには少々、いや、マッターホルン北壁クラスの障害を乗り越えねばならず、およそ現実的ではなかった。
 しかし、せめて俺だけの前でならば、いちいち隠れたり、遠慮したりする必要はないはずである。
 というわけで、今日こそは覚悟してもらおう。
 俺は自らを鼓舞してもう一度誘いを入れた。やはり断られたが、こうなれば根気勝負である。

「――――――」

「――――――」

 そして、数秒か、数分後―――


「いらない」


 呆れるほどハサンは強情だった。
 これっぽっちも折れる気配がない。
 標的に挑む際、暗殺者は何日も不動でその機会を窺うという。
 その親玉みたいなハサンに対し、俺が根気比べするのはちょっと無謀だったかもしれない。
 俺だって、まだ引く気はないけどな。

 それにしても―――ああ、そうだ。
 俺と一緒に俺が作ったメシなんか食えない、食えるかっ、なんてことなら―――落ち込むけど―――まあ、理解はできるんだ。
 でも、ハサンの場合はそういうのとは違うと思う。
 はっきりとは言わないし、言えないけれど、なんというか、あいつは物事から己を外して世界を俯瞰していた。
 自分のことなんてどうでもいい。いや、思うことすらしてない。
 自分軽視で卑屈な価値観が、否と言わせてた。漠然とながら、そう感じた。
 しかし、わかったところで、

「どうしてさ? 大したことじゃないし、別にいいだろ?」

「そう。大したことではない。ならばこそ、不要。わたしに気を使う必要はない」

 くそっ、だんだん腹がたって来たぞ。
 ホント、大したことじゃないんだ。こんな、口喧嘩するような価値のあるやり取りじゃない。
 俺が折れるのは簡単だ。
 何もしなけりゃいいだけだから。
 でも、妥協できなかった。
 男の意地とか勿論あるが、そういうことじゃなくて、なんか、気になるのだ。
 それが何なのかわからなくて、モヤモヤで、けれど、間違いなく在る。
 確かめる意味でも、ここは譲れない。


「ダメだ。今日こそは食ってもらうぞ」

 何度も繰り返された言葉。
 もともと薄っぺらい語彙の引出しが、もう完全に底をついている。
 遠坂みたいに弁説技巧を駆使できればいいんだが、当然無理だったりするわけで、とにかく力押し。
 と、そこへ、

「……本気?」

「もちろん、本気――――――っ?」

 ヘンだ。
 ハサンの声に珍しく抑揚の上下がある。
 それだけじゃなくて、白面が少し傾いでいる。
 視線が別のところにあって、追って、それで気づいた。

「あ」

 視線が熱い―――違う。
 熱いのは視線じゃなくて、それが向けられている左手そのもの。

「うわ」

 手の甲を見ると、熱いだけじゃなく、微小に光っていてさえいた。これは―――

「令呪?」

 絶対命令権をもってサーヴァントを従わせる事を可能とする、マスターであることの証し。
 これが鈍く赤色の光を放っていた。
 感情の力みが魔力を湛え、令呪を起こしたのだと推測する。
 まだ発動していないが、発動寸前であるのが感覚的にわかった。

 拙い。

 当然、そう思った。
 遠坂の言葉を思い出す。

『大事にしなさい』

 もっともな忠告だ。
 令呪はサーヴァントに対して行動を束縛するだけでなく、強化する等といった戦術転用も可能とする特別な神秘。
 但し、数に限りがある。マスター一人、或いはサーヴァント一体につき、3回まで。
 一つは必ず残さないとならないから、事実上、2回で打ち止め。
 だからこその『大事にしなさい』との助言である。
 しかし、遠坂はこうも言っていた。

『勿体無いからって、使うべき時に使わないと無駄になるわよ』

 葛藤が巡って、不意にハサンの姿を見た。
 何も変わらない。
 仮面をつけているし、当然だ。
 その下の顔にあるはずの顔だってわからない。

 そして、わけもなく思った。
 今がその「使うべき時」なのかもしれない。

 で、さっき、なんて言われたっけ?―――そうだ。

『……本気?』

「ああ、本気だぞ、ハサン―――」

 きっと俺は令呪の熱に中てられたんだろう。
 はっきりしているのは、今ここで引いたら次はない、ということ。
 ならば、と、俺は自分の意志で左手を掲げた。

 告げる。


「ハサン、メシを食おう」


 口にしたのはそれだけ。
 サーヴァントに対する絶対命令を行使した。
 俺が叫ぶと同時に令呪は一際大きく輝いて、そして光が消えた。





「……………………」

「……………………」



 やった。
 やってしまった。

 光が消えた後の礼呪を見ると、一回り小さくなっていた。しっかり履行されたらしい。
 微妙に室内の体感気温が下がった気がするのは、俺の心境に由来する問題だろう。
 今更遅いが、ちょっとばかり悔恨の念が襲ってきた。

「えっと、大丈夫か……?」

 と、おそるおそる訊いてみる。

「期間や回数を指定せず、また対象の語彙も広義であるため、礼呪の束縛は緩いようだ。
 幾らか影響はあるものの、従来の活動に支障が出ない程度には抑えられている」

 ハサンの返答は淡々としたものだった。
 苦しいとか無くて、俺は少し安心する。
 また、ハサンの口調はいつも変わらず、特別怒っているふうでもない。
 が、そのことが逆に怖い。
 ……やっぱり呆れているだろうか。

「――――――」

 怒っている?とも訊けず、結果、二の句が継げないのは必定。
 そこへ、ふっと、

「シロウ、意地っ張り」

 ぽつりと呟いた後、ハサンのサイズが半分ぐらいに小さくなった。
 ただ単に座っただけだと気づいたのは、瞬き数度してからのことだった。

「戒めの効果は薄くとも、存在していることに変わりない―――放置していいものではないだろう」

 その言葉でハサンからGOサインが出たってことに思い至る。
 無茶で強引で、後々には自己嫌悪に呻くこと確実ながら、どうやら当初の目的は果たせそうだ。
 俺はこれ幸いとばかりに、現実に即応して事を処理しようとするハサンの性格に甘えさせてもらうことにした。

「待ってろ。いますぐ作ってくるから」

 こくりと頷くのを確認してから、気が変わらないうちに、と、俺は台所へ駆け込んだ。












posted by 止水 at 13:56| Comment(9) | TrackBack(0) | SS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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