2006年01月03日

Faceless token.15-2








   Faceless token.     15 / Competence U










「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


 バカ虎、光臨。
 互いに顔を見合わせ、会話がぴたりと止まる。

 桜はともかくとして、リビングには遠坂とセイバーがいる。
 現状はぱっと見、何処の女子寮かと問い詰めたくなるような衛宮亭だ。

 なりたくてなったわけじゃないが、虎の生態に関して第一人者である俺が思うに、
 叫ぶ、吼える、暴れる、物を壊す。
 場が治まるどころか、むしろ混乱、混沌、大惨事な有様が目に浮かんだ。
 身内も同然な人に対して我ながら酷い諦観だと思うが、
 藤ねえに大人の対応を期待するだけ野暮ってものである。

「ど、どうしましょう」

 桜が視線を彷徨わせた。俺も以下同文。
 結果が見えていても、この短い時間では対処のしようがない。

「あら、先生が帰ってきたみたいね」

 と、遠坂。

 巻き込まれただけの俺たちが慌てているのに、
 その肝心の元凶がまるで他人事のような余裕な態度で、何か理不尽なものを感じる。


 そんなことを考えてる間にも、ずかずかと廊下を歩く音が近づいてきた。
 ばたんっと扉が開き、藤ねえが居間に顔を出す。

「士郎、いるんじゃない。だったら、ちゃんと返事ぐらいしなさいよぉ」

 最初に目が合ったのは俺。

「……お、おかえり、藤ねえ」

 もう、成り行きに任せるしかないな、と、答えながら思う。

 俺が挨拶したことに気を良くした藤ねえはうんうんと頷き、
 それからゆっくりと居間を見渡した。
 そして当たり前のように二人の姿を補足した。

「あ―――」

 と、何か言おうとして、

「おじゃましてます。藤村先生」

 遠坂が先手を取って挨拶をし、礼儀正しく頭を下げた。
 セイバーもそれに倣う。
 藤ねえは、ぱっと顔を輝かせて、

「あら、遠坂さん、セイバーちゃん、いらっしゃい。
 この家なにも無いけど、広さだけはじゅうぶんだから、ゆっくりしてってね」

 と、まるで自分の家のようなこと言って、微笑みかけた。
 それから俺たちの真ん前を抜けて、所定の自分の席に座った。


「…………」


 ……拍子抜けするぐらいに、普通の会話だった。
 普段の藤ねえを知る俺と桜は、思わず顔を見合わせる。

 しかしこれで終わりだとは思えない。
 たぶん頭の中がオーバーヒートして、状況把握に時間がかかっているのだろう。
 嵐の前の静けさってヤツだ。

 この寸暇、戯れに閑寂が占めた居間に、壁掛け時計の針音がやけに響く。
 ごくりと唾を飲み込み、覚悟を決め、俺は虎が咆える瞬間を待った。

 待った。

 待った。

 待った。

 待った……


 ……あれ?


「ん? どしたの、士郎。不思議そうな顔しちゃって」

 おかしい……いつまで待っても暴発しない。
 逆に、テーブルの上に顎を乗せて弛緩している藤ねえに、そう問われてしまった。
 不思議なのはアンタだ、と、叫び出しそうになるのをぐっと堪え、訊く。

「藤ねえ、驚かないのか?」

「何に?」

「何って―――遠坂とセイバーが家にいるわけだが」

 これでは不純異性交遊だ―――違うけど。
 で、あらためて藤ねえに訊ねる、と、

「驚かないわよ。だって、わたしが呼んだんだもん」

「―――は?」

「今日って約束してたわけじゃないけど、いつでも遊びに来なさいって話してあったからね」


 俺は咄嗟に遠坂の方へ顔を向けた。
 フッと表情を緩め、肩を竦める遠坂の姿が目に止まる。

 ……やられた。

 妙に余裕ありげだった態度といい、要するに遠坂は先に藤ねえを落としていたわけだ。

 しかし、どうやって遠坂は藤ねえを陥落させたんだ?
 口がうまいのは何となくわかるが、理屈が通じない相手というのは歴然と存在する。
 藤ねえがまさにそれだ。
 ちょっとやそっとの説得が通じるほど生やさしい人じゃない。
 まさか、腕力で―――なんてことを考えてると、


「ま、そういうわけだから」


 藤ねえとのやり取りを遠巻きに見ていただけだった遠坂が動く。
 俺の肩に手を乗せ、そんなことを言った。

「桜も、からかって悪かったわ。鍵は返すわね」

「あ―――いえ……」

 狐につままれたような顔をしている桜の手のひらに、遠坂がそっと鍵を握らせた。

「いろいろ言いたいことはあるだろうけど、今はこれで納得してちょうだい。
 せめて此処にいる間だけでも、セイバーとは仲良くしてあげて」

 遠坂はそう言ってセイバーの手を取り、桜の前に差し出した。
 これまでのやり取りから鑑みるに、桜と遠坂はもとからの知り合いみたいだけど、
 そういえばセイバーとは初顔合わせ。
 半ば無理やり拵えられた対座に、二人はどちらからともなく頭を下げた。
 この少女たちの和解を、藤ねえはニコニコと、俺は呆然と立ち尽くしたまま見送った。


「もういいわね。衛宮君はまだ納得してない顔してるけど、
 立ち話も何だし、続きはまた後にしましょう」


 遠坂はあからさまに、この件を打ち切ろうとしていた。
 ……そうだな。
 せっかく治まりがつきかけているところに、わざわざ虎口に飛び込む必要はない。
 遠坂が藤ねえに何を言ったかたいへん気になるが、
 火急の話ではないので後でもいいだろう。
 もしかして、もしかするとだが、魔術を使った可能性もあり、
 そうなると、桜や藤ねえがいる前で話せる内容じゃなくなる。
 どうせ、他にも訊きたいことが山ほどあるわけだし、今は遠坂に従うことにした。



「……よし。もう時間も遅いことだし、取り敢えずメシにするか」

 気持ちを切り替え、建設的な方向に意識を向ける。
 桜が落とした買い物袋とその中身を回収するために、俺は膝を曲げて手を伸ばした。

「そーよ。お姉ちゃん、おなかぺこぺこーっ。で、今日の献立はなに?」

「ああ、わるい、藤ねえ。
 俺もついさっき帰ってきたところだから、まだ手もつけてないんだ。
 ちゃっちゃと作るから、もうちょっと待っててくれ」
 床に落ちている食材を拾い集めようと屈伸。それから言った。

「そうだ。遠坂とセイバーも食べてくだろ?」

「ええ。そうして頂けると助かります」

 と、これはセイバー。
 控えめで丁寧な口調ながら、迷いなくきっぱり頷くのがセイバーらしい。
 同じ欠食児童でも、これを出来るのが藤ねえとの差だ。
 一方の遠坂はというと、

「ふーん。そうなんじゃないかと思ってたけど、
 この家の食事って、やっぱり衛宮君が作ってるんだ」

 と、そんなことを言い放った。
 何処となく含みある物言いに、俺は抗議の声を上げる。

「別に好きで作ってるわけじゃないぞ。
 基本的に一人暮らしだから、自分でやらなきゃならないだけだ。
 今は桜だって手伝ってくれるし」

「はい。先輩は料理の師匠です。わたしなんて、まだまだですけどね」

 桜が相槌するように話を合わせてきた。
 本人は謙遜するが、実際、桜の上達は目覚しいものがあったりする。
 握り飯もろくに作れなかった家に来たばかりの頃に比べると、雲泥の差だ。
 和食はまだ俺に分があるが、洋食あたりはもう追い越しているのではないだろうか。
 師匠としては、弟子の成長を喜ぶと共に、
 こっちもうかうかしてられないな、と、気を引き締めるしだいである。
 そんなふうに和やかに桜と話していると、


「そう、桜がねえ……」

 意外そうに遠坂が感想を漏らす。で、

「だったら、今日は私が作ろうかしら」

「はい?」

 何が「だったら」なのか不明だが、予期せぬ提案が遠坂の口から出てきた。

「遠坂が、か?」

「失礼ね。私だって料理ぐらい作れるわよ」

 あ、そういえばセイバーが遠坂の料理を褒めていたっけ。
 セイバーが評価するからには、生半可ではないのだろう。
 遠坂は何でも出来る気がするし、
 逆に意外なものが苦手なんじゃないかという気がしないでもない。
 この場合、答えはミスパーフェークトの二つ名を裏切らない、前者の方だったようだ。


「そうね、二人が和食で洋食なら、私は中華でも作りましょうか。どう?」

「どうと言われてもな。今日は遠坂はお客さんな訳で―――」

「あ、遠坂さん、中華ができるんだ。たのしみー」

「藤ねえ……」

 渋りつつもはっきりと拒絶できない俺を無視して、藤ねえが言った。
 遠坂が今晩の夕食を作ることを認めている、というより、もはや決定事項な物言いである。
 たしかにうちの食卓に中華料理があがることはないから、好奇心が勝ったのだろう。
 教師として、それでいいのか?
 ちなみに、ここでは話題に上がっていない藤ねえの得意料理は、ダイエット料理である。
 どんなに高カロリーな食材を用いても、完食すれば三キロは痩せられるという……。


「むむ、凛が作るのですか?」

 セイバーが口を挟んだ。

「そうよ―――なに? 不満そうね」

「い、いえ。そういうわけでは……。
 てっきり、今日はシロウの料理が食べられると思っていたので」

 否定しつつも、セイバーの微妙な表情を見れば、本心ではないことは明らかだ。

「あんたねえ、うちのエンゲル係数がどんなことになってるか、わかってる?
 食費が払えないなら、労働で返すのが基本。等価交換よ。
 今日のところは我慢して、次にしなさい」

 次もあるのか?と脳内突っ込みする俺をよそに、
 遠坂の説得に対して、セイバーは仕方なしに頷く。
 人様の家計に口出しするつもりはないが―――、
 言葉尻に軽口と聞き流せない怨嗟が込められている気がして、ちょっとだけ気になった。

 ともあれ、これで3票が遠坂の手の内に。

「で、衛宮くんはどうかしら? まさか、他人は台所に入れたくないとか、そんな信念があったりする?」

「いや、そういうわけじゃないが……」

 正直、遠坂が作る夕飯に興味がないといえば嘘になる。
 それに、今日は夕飯を二回作ろうと思っていたところでもあった。
 手間を厭わぬつもりはないけれど、物理的に助かるのは事実。

「わかった。今回は遠坂にお願いする」

 まあ、完全に俺に結論を委ねているっぽい桜の票を合わせても、多数決で負けるし、
 説得の仕方によってはセイバーを引き込めそうだが、
 そこまでして拒絶する理由もなかった。

「そう、よかった。じゃあ、さっさと作りますか。士郎も手伝いなさい」

「あ、ああ。いいぞ」

 そうして遠坂が俺の手を取り、厨房へと誘う。


「あ、私も手伝います」

 桜が名乗りを上げた。

「ん、よろしくたの――――――っっっ!!」

 皆に見えない角度から、遠坂が俺の脛に蹴りをいれ、息が詰まった。
 体を寄せ、俺に耳打ちする。

『桜を連れてきたら意味ないでしょう』

 そ、そうか。鈍い俺でも理解できた。
 遠坂は二人で話せる時間というか、場所を作ってくれたのか。

「台所に三人は狭いし、俺だけで大丈夫だから、桜は居間で待っていてくれ」

 まだ何か言いたげな桜を置いて、俺たちは遅くなった夕食を作るべく、移動した。








 next 15-3


posted by 止水 at 16:58| Comment(1) | TrackBack(0) | SS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ハサンが出てこない(´・ω・`)
hollowに出てこなくてまた書きにくいかも
しれませんが頑張って下さい。
応援してます。
Posted by colt at 2006年02月28日 22:55
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