2007年03月20日

Faceless token.17-2

Faceless token.17-2、中編です。
つまり後編があるわけで、17話はまだ終わってません。
半端ですが、せめて月一ぐらいは出したいなあ、と、
見切り発車で仮置きしました。MHP2たのしー。

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 衛宮家の台所に足を踏み入れた俺が最初に取った行動は、冷蔵庫を開けて頭を抱えることだった。
 まるで共産国末期の店先みたいな荒涼たる有様で、残ってたのはクズ肉クズ野菜と調味料ぐらい。
 ……つまり、ロクな食材がなかった。
 一応フォローしておくと、これは断じて買出しした桜の責任ではない。
 敢えてその責を負うべき人物を上げれば、うちにある食材を使えるだけ使い倒した遠坂にあるだろう。
 なにせ、満腹領域が深淵の向こう側にある人たちが相手。
 分量のコントロールは調理側でしなくちゃならないのが自明の必然なのである。
 無論、遠坂はわかっていて確信犯的にやったに違いない。
 どうやらアレは我が家のエンゲル係数を引き上げるあくまでもあったらしい。
 気合入れて調理場に突入したものの、俺はいきなり躓いてしまった。

「―――」

 とはいえ―――、ま、しょうがない。
 この場にいない人間に幾ら不平不満を並べたところで、今の状況が改善するわけでもなかった。
 それに後でもう一度作るつもりだったことを伝え忘れていた俺自身の所為でもある。
 有無を言わさず、自分で何とかするしかないだろう。
 まな板の上にかろうじて残っていたメインを張れそうもない食材たちを一列に並べて俺は黙考した。
 明日の朝はパン食で妥協するとして、取り敢えず横たわる課題は、今、どうするか。
 ああでもない、こうでもない、と限られた選択肢の中で出した答えは、

「炒飯にするか。これも一応、中華だし」

 最善の解として導き出されたのは、余った食材で手堅く美味しい定番料理。幸いにして米はある。
 最初だから持て成したい気持ち山々であるが、無いものは出来ない。
 下手に凝って待たせてしまうのも何だから、これでいい。
 うちでは滅多に作ることはないが、失敗することだって滅多に無い、無難なメニューだ。

 ―――よし、決めた。

 そういうわけで一目散、俺はすばやく調理に取り掛かった。
 さして時間をかける料理でもないので、直ぐに完成。
 イメージは中東圏でなくともイスラム圏に違いない島々な国の有名料理。
 具体的には無知であるため、本当にイメージだけだが、それっぽくなった。
 さっそく味見。
 さて、出来栄えは、

「ん、まあまあ、か」

 若干物足りない感じがするのも予想通り。
 具材が少ない以前の問題で、これは肉をまったく入れてない所為である。
 ハサンは何も言ってなかったが、豚肉を避けるべきであることぐらい、俺でも知っていた。
 また、もっと慎重を期するつもりなら、商店街で手に入る食肉がハラールされてるわけもない。
 なので、思い切って他の肉も除外した。
 おかげで主役不在のえらくヘルシーな炒飯になってしまったが、まあ、不味くはないだろう。
 水準としては、獅子はもぐもぐ、虎はがつがつ、といった感じの出来栄えである。
 最近の様子を見る限り、桜あたりにも気に入ってもらえるかもしれない。
 さっそく二人分の皿に盛り付けて、居間へ。



「おーい、ハサン、でき――――――

 ―――っ!」


 そこで目にしたものがあまりに不意打ちで、俺は固まった。


 ……女の子がいた。



「?」

 ぼんやりと佇んでいたソイツはゆっくりと見上げた。
 目線が合っても依然として体感時計を止めたままの俺に問う。

「士郎殿、如何した?」

「あ」

 ……そうだった。
 語彙選択が特徴的、外見と不釣合いなその喋り方で、俺はようやくコイツが何者なのか思い出した。
 よく見ればさっきと同じ位置、同じ姿勢で、違うのは顔だけである。
 これでわからないようなら、自分を呪っていい。
 己がマスターの不自然な態度、その理由はあちらも察したようで、

「成る程。食事に邪魔かと思い、仮面は外していた。気になるようなら―――」

「い、いや。いいぞ、そのままで」

 中身が違うので雰囲気こそだいぶ異なるが、コレは一昨日の少女と同じ顔のハサンだった。
 忘れていたというか、無意識に忘れようと記憶から除外していたのか。
 そういえば髑髏の下はこんな感じだった。
 ちなみにその仮面はというと、ちゃぶ台の隅に悪趣味なインテリアの如く置かれている。
 ハサンの顔はこっちの方が印象強いから、生首みたいに見えた。
 まるで材料が浅井さんの杯―――って、いや、あれは作り話か。
 そんなことより、

「えっと……」

 そのまま微動だにしないハサンは、どうやら俺のアクションを待っているらしい。
 生気がないガラス玉のような赤い瞳に見つめられて、わけもなく俺の心臓が跳ねる。
 宝具を使わずとも掴み出されそうな勢いだった。
 普段は告死天使の名に恥じない骸骨面なのに、剥いたら美少女というギャップは反則だろう。
 ハサン本人に言わせると、こちらの顔も仮面みたいなもの、らしいけど。
 まあ、あからさまにパクリもんだし。
 でも、それがわかっていても何故か、俺は居た堪れない気持ちになった。
 出所不明の罪悪感が微かに過ぎる。
 決して何かしようというわけでも、期待しているわけでもないのだが。
 動揺してると本当に意識してるみたいで、いろいろと……拙い。
 いや、俺は正常だ。

「そだ―――メシできたぞ」

 このまま突っ立っていても埒があかない。
 待っているというのなら期待通りに、先ずは行動に出ることにした。
 俺はハサンの前に炒飯が乗った皿を置く。

「材料がなくて、これぐらいしかできなかったけど、是非、食べてみてくれ」

 喋りながら、その真向かいにもう一つの皿を置いた。
 一緒に、という主旨であるから、当然、俺も食う。
 そのために俺は、わざわざ晩飯を七分程度に抑えていた。
 ハサンとちゃぶ台を挟んで正対する位置に腰を下ろした。
 そして様子を窺う。

「………………」

 ハサンは観察していた。
 その表現が最も適切だろう。
 具体的には、自分の目の前に置かれた湯気立つ炒飯を、じっと見つめていた。
 表情が乏しいというか、無くて、それ以上のことはわからない。

「これは炒飯だ。簡単に言えば、つまり……米といろんな具を合わせて炒めたものだ。
 たぶん問題ありそうな具材は入ってないから、安心してくれ」

 適当すぎる説明を付け加える。
 伝わっただろうか。
 ついで言えば、油だって植物性の天然モノ。
 藤村家に届いたお歳暮である。
 俺の言葉で決意したってわけじゃないだろうが、やがて、

「いただく」

 ハサンが動いた。

「おう。いただいてくれ」

 やっぱり外套の下で折りたたんでいる右手は使わないようだ。
 白い小さな左手がテーブルの上に伸びて、スプーンを掴んだ。
 セイバーは英国令嬢とは思えないほど上手く箸を使いこなしていたが、ハサンは果たしてどうだろう。
 箸よりもだいぶ難易度は低いと思うけど―――、

「…………」

 ぐーだった。
 力いっぱいスプーンを握り締めていた。
 仮面を外したおかげで見た目がぐっと幼くなってるから、ヘンな具合に似合う。
 微笑ましいというか、なんか、気恥ずかしい。
 初めて離乳食を脱した子供を見るような、微妙な気持ちになった。

 だが、器用さだけはサーヴァント随一、折り紙付きのハサンである。
 見ているこっちからは不安定で仕方ないが、本人は関係ないようだ。
 精密機械のように腕が動いて、半円に盛られた炒飯の中腹を崩す。
 ジャストな分量をスプーンの上に乗せた。
 サイズことミニチュアだが、俺は土木工事を連想する。


「いただく」

 二度言った。
 めずらしい。

「いってくれ」

 無闇に緊張しながら見守る俺。
 そしてついに、

「ぁ―――む」

 口をつけた。
 ステンレスの銀色が薄赤い口腔に触れる。
 大き過ぎて一度では入らず、でも、何回かに分けて口の中に押し込んだ。
 やっぱり何かの作業のように見えるが、ゆっくりと、
 咀嚼。
 咀嚼。
 溜飲。
 一連の作業を終え、俺が作った炒飯は確実に体の中心に収まった。
 ここまで来れば、もう間違いないだろう。

 ―――よし。


 よし。

 苦節?三日目にして、ついにハサンがメシを食った。
 やっぱりこうでなくっちゃな。些細なことだが、意義はある。
 こうして向かい合わせで座ることで、何というか、
 ようやくハサンを衛宮家に迎え入れたという実感が俺の中に生まれた。
 そんな妙な達成感の後、気になるのはもちろん感想である。
 俺はそっと様子を窺った。で、

「むむ」

 ……ダメだ。さっぱり、わからない。
 一つの芸術作品であるかのように、ハサンは見事な無表情。
 ここまで感情がない顔を作れるものか、と、逆に感心する。
 これまでは仮面のままでも以心伝心、何となく何故か、無言の意思疎通ぐらいはできた。
 けれど、顔が変わった所為もあってか、今回ばかりはいまいち読めない。
 そうこうするうちに、ハサンは二口目にいった。
 知りたくば覚悟を決めて、直接訊くしかないだろう。

「どうだ?」

「ん」

 反応こそあったが、それは質問に対する返答ではなかった。
 感想を訊いていることぐらいわかりそうなものだが、待ってみても次の言葉がない。
 もっとも、はじめから多感な所懐陳述を期待していたわけじゃなかった。
 グルメレポーターの如く着飾った台詞がハサンの口から出たら、驚く以前に疑ってしまうかもしれない。
 なので、これはこれで正常。
 代わりに今度は二者択一の質疑を問う。

「ダメか? やっぱり口に合わない?」

 すると、ハサンは首を横に振った。
 俺は少し安堵する。
 戦略としてのハッタリや思考誘導の駆け引きはこなせるヤツだが、意味のないところでの嘘はつかない。
 数日の付き合いでそれはわかっていたから、最低の評価は免れたと言っていい。

「じゃあ、美味かった?」

 さらに訊く。

「――――――」

 ハサンの手が止まった。
 不自然に開いた間は、俺を気遣って返答を迷った所為か。
 それでもやがて、ハサンははっきりと首を振った。

「むむ」

 最悪ではなかったが、最善でもなかったらしい。
 そうそう、都合よくいかないか。

「だったら、普通?」

 次も訊ねると、即座に三度目の首振り。
 三分割でダメなら、間に二つ、「まあまあ」と「微妙」のラインを想定ぢ、俺は口にしようとして、


「――――――士郎殿」


 ハサンが喋った。

「……?」

 見ると、瞳がまっすぐ俺の顔に定まっていた。
 表情は変わらず無であったが、ただならぬ気配は伝わる。
 いったい、何が―――?


「この場を繕って嘘をつくのは造作も無い。が、何れ、早い段階で知れること。
 ならばゆえ、士郎殿には誤解無きように今のうちに伝えて置く」


 そして告白した。


「―――わたしには、わからない、のだ」








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2007年02月13日

Faceless token.17-1





 ども。半年以上のご無沙汰ぶりで、17話。但し、前半部のみです。



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 客人を二名交えての遅い夕飯は一時間ほど続き、恙無く終了した。
 誰かさんが張り切りすぎて相当量の中華が食卓に並んだが、食欲旺盛な女性陣のおかげで残らず消えている。
 尚、感想は言うまでも無い。素直に喝采を送ろう。で、

「じゃね、衛宮くん。また明日、学校で」

 まさか泊まるとか言い出さないか心配したが、杞憂に終わったらしい。
 後片付けの後、遠坂のやつはあっさりと腰を上げた。
 俺たちの関係について、どうやら遠坂はそこらへんに線を引いているみたいだ。
 夜はそれぞれの時間である、と。
 当然セイバーも遠坂に倣い、ならばと他二名も動く。
 合計四名を見送るために俺は玄関に赴いた。

「もうだいぶ遅いし、送らなくて平気か?」

「ええ、遠坂先輩が途中まで送ってくれるそうなので」

「そそ。送り狼には気をつけないとね」

「人聞き悪いな。桜に変なこと吹き込むなよ」

「うーん、たしかに士郎にはそんな度胸ないわね。せいぜい野良犬止まりじゃないかな」

「つまり、野良犬に噛まれたと思って諦めろ、と」

「えっ? わたし、噛まれちゃうんですか?」

「さーくーら、冗談でもそんな顔すると、ホントに襲われちゃうわよ。こういうのがいちばん危ないんだから」

 いったい俺の何を指して「こういうのが」なのか気になったが、反論すれば泥沼に嵌りそうなので口は閉ざしておく。
 ちなみに「送り狼」とは、縄張りに入った人間を尾行する今は亡きニホンオオカミの習性に端を発する。
 しかし実際の狼は後を追うだけで襲うことはなかったらしい。
 それどころか他の野生動物に睨みをきかせるぶん、その意味に反してかえって安全だったのだそうだ。
 真実は得てしてそんなものであり、実際は野放しで見境のない野犬などの方がずっと恐ろしい存在なのである。
 そして勿論のこと、俺は狼でも、ましてや野良犬でもない……たぶん。

「じゃ、みんな、気をつけてな」

 〆の言葉を全員に向けて放った。皆、異存はない様子。
 ともかく会話はそれで終了し、去っていく彼女たちが見えなくなるまで俺は見送った。

「―――ふう」

 比較的冬が暖かだと言われる町であるが、夜の空気はやはり冷え切っていた。
 吹き下ろしの風に体の熱が奪われる前に屋敷へと戻った。
 玄関を抜けて中に入ると、さっきまでの賑やかな団欒が嘘だったみたいに閑散としていえる。
 もとより広すぎる屋敷であり、客人いなければとことん静かであるのはいつも通りで、そこに特別な感慨はない。
 だが、いつもと同じように見えても、いつもと違う部分はたしかにあった。

「―――や、久しぶり」

 廊下を抜け居間に戻ると、そこにはハサンが待っていた。












   Faceless token.     17











 何となく口をついて出た言葉。久しぶり。
 客人がまとめて帰ったおかげで隠れる必要がなくなり、全身を覆う黒い外套と仮面という姿でハサンは立っていた。
 日本家屋に中東暗殺者の組み合わせはおかしな絵面であるのにも関わらず、違和感なく溶け込んでいる。

「………………」

 ハサンは声には出さず、仮面を微細に上下することで俺の挨拶に応えた。
 そう。思えば、こうしてまともに顔を合わせるのも朝以来の話である。
 その間に俺たちが置かれている状況もかなり変化していたから、絶対時間は半日程度なのに、相対的にはまさしく「久しぶり」だった。
 帰宅してからそれなりに経っているわけだし、いまさら「ただいま」も「おかえり」も変だから、第一声は一先ずこれでいい。続けて、

「あのさ、遠坂たちと同盟組むことになったんだけど、いいかな?」

 用事は先に片付けてしまおうと考えて、俺はいきなり訊いた。
 ハサンを相手に四方山話から始める必要はないだろう。少なくともそのような間柄にはなっていると思いたい。
 で、今日もっとも大きく変化したであろう案件をダイレクトに伝えたわけだ。すると、

「聞いていた。わたしはマスターの決断に従うだけ」

 耳に残り難い一本調子の抑揚で、テンプレート通りの解答がハサンから返ってきた。
 YESもNOも無く、ただただ現状の受け入れを宣言。それでは駄目だ。
 此方が求めていたのとニュアンスが異なる返答だったので、俺はあらためて言葉を繋ぐ。

「うん、まあ、ハサンならそう言うと思ったけど、できれば意見を聞きたい。今後の参考にするからさ」

 他のサーヴァント、具体的にはセイバーと今日一日接したことで気がついたのだが、ハサンはことさら主従関係を重要視する傾向が強い。
 セイバーにも多少そういう向きがあるが、ハサンの場合、殆ど盲目的と言っていいぐらいの忠実ぶりを発揮する。
 それは信念でそのように振舞っているというより、はじめから逆らうという概念自体が抜け落ちているみたいな感じだった。
 しかし、本人はそれでいいのかもしれないけれど、俺は上でふんぞり返って命令するだけなんて立場を好ましいと思っていない。
 可能かどうかは別として、もしハサンが同盟に嫌悪を示すようなら、名残惜しくとも破棄するぐらいの覚悟は持ち合わせている。
 俺は未熟だ。そんなことはとうに分かりきっている。
 最終的に決断するのは俺であり義務だが、助言ぐらいは欲しいと思うのは我侭に入らないはずだ。

「………………」

 待つ。俺の意図を察してくれたのか、泣き笑いの表情に固定された仮面が僅かに傾き、こちらを向いた。
 少し間を置いて、外套の奥からおよそ見た目と不釣合いな少女の声が詠われた。

「止むを得ない。実力差がはっきりしている以上、あちらの要求に逆らう選択肢は無かった。即時敵対戦闘状態を回避できたのはむしろ幸運。
 このまま同盟が続くと後々厄介な問題が残るため策を講じる必要はあるが、当座警戒する対象が減る利点を思えば戦略として悪くない。
 注意すべきはセイバーは強力である反面目立つという欠点を抱えており、我々もそれに引き摺られる可能性が高いこと。
 現状ではある程度のリスク負担は妥協し、一方でかの者たちには我々の誘蛾灯として役立ってもらうことを考えている。
 将来の懸念に対抗する手筈はわたしの方で用意すしよう。今は最強の手札であるセイバーの後ろで守られる立場を甘受してもらって構わない」

「そ、そっか」

 えっと、要約すればハサン的にはOK―――と考えていいんだよな。
 途中、少し気になる言葉が含まれていたので、ついでに訊いた。

「後々の厄介な問題って何だ?」

「何度か説明している通り、わたし単独ではセイバー相手に勝ち目はない。
 戦況が順調に推移して、最終的にわたしとセイバーの二騎になった場合、こちらの敗北は必至、不可避となる。
 おそらく遠坂凛はそれも計算に入れている。いつでも排除可能と見て、利用するだけ利用しようというのが同盟の実体」

「む……なるほど。本気で勝ちを狙うなら、そりゃ、たしかに問題あるな」

 遠坂たちにとって俺たちは敵として事を構える価値すらなく、見逃されているというのがハサンの考えらしい。
 共通の敵が生まれたことで穏やかに軟着陸したかに見えても、その裏ではしっかりと自益誘導の駆け引きが存在していたようだ。
 闇雲に数減らしすることだけが戦略ではなく、こうした心理戦も聖杯戦争の一部なのだろう。
 目下のところ、俺はあらゆる意味で役に立っておらず、右往左往するばかりで申し訳ない。反省すべき点は多々あるが、

「ま、取り敢えずのところ、ハサンも納得済みだったみたいで安心した」

 と、俺は素直な感想を吐いた。
 思うところはあっても現状では手詰まり感が漂う。頭を裏表ひっくり返してみたとこで、結論らしきものは出るはずもない。
 だから、止めた。ハサンが語った通り、当面、遠坂たちと物理的に争う機会が先送りされたことを喜ぶことにする。
 もちろん、最低限の備えと警戒は怠らずに、だ。

「他に何か、今のうちに言っておきたいこととか、ないか?」

 一応訊く。ハサンは無言で首を振った。
 俺に合わせていた視線の照準がずれ、白い髑髏面が何もない虚空に向けられる。
 目視でニュートリノを数えてるみたいな反応から察するに、本格的に何もないらしい。

 話し始めると割と饒舌なので口下手ってわけじゃないが、用事が無ければハサンは基本的にだんまりだった。
 だから、もともと会話が成立し難く、また一方で俺自身だって話し好きでも話し上手でもないから、自然、三点リードが多くなる。
 もっとも、この沈黙に気詰まりを感じたことはなく、代わりに特別な心地良さもなくて、まるで空気そのもののように干渉しないのが実体だ。
 これはこれでいいだろう、と、俺は密かにこの閑暇を気に入っていたりもする。

 で、だ。



「――――――」

 さて、指折り数えてみる。
 ハサンと話した。家事は済んでいる。危険だからという理由で魔術鍛錬は止められているから、しばらくは中止。
 聖杯戦争参戦者なら夜こそが本番と出歩いてもよさそうなものだが、俺たちに限っては最初に決めた通りに様子見。

 ―――後顧の憂いはない。

 となれば、いよいよここからが俺の正念場である。
 なるべく自然を装って、

「そういえば、メシ、まだだろ。遅くなったけど今から作るから、ちょっと待っててくれ」

 告げた。
 と、だが、俺が台所に向かいかけたところで、

「必要ない」

 断られた。

「なんでさ。俺も付き合うからさ」

「無用」

 ……むむ、取り付く島もないな。
 流れのまま頷いてくれれば、などと都合よく考えていたが、そうは問屋が卸さなかったらしい。
 だけど、ここで引いては先日、先々日の二の舞になる。
 そう。じつは今日の俺、ある一つの決意を抱えて帰宅していたのだ。それは、

"ハサンにメシを食ってもらうこと"

 ―――だった。
 セイバーとの昼食時に思い立ち、でもって、今は絶賛説得中というわけ。
 もちろん行き当たりばったりで適当に言い出した話じゃなく、ちゃんと考えがあってのこと。
 食という原始的な本能に根ざす行為に割く時間を共有することは、互いにある一定の愛着を持たせる効果がある。
 要は「同じ釜の飯を食う」関係ってやつであり、コミュニケート手段としては莫迦にできない。
 マスターとサーヴァントが交流を深めるっていうのは、そりゃ、不可欠でないにしても、いいに決まっている。
 ………………
 いや、これはきっと後付けの理由だな。
 もっと単純に、正直に、感覚的に吐露すると、ハサン一人が仲間外れみたいになっているのが許せないのだ、俺は。
 さっきのが好例。食卓を囲んだのは五人で、近くにいるはずなのにハサンだけがいない。
 ま、仕方ない部分はたしかにある。
 存在濃度からして差があるセイバーと同じというわけにはいかず、真っ向からのアサシンスタイルでは一般社会に馴染み難い。
 藤ねえや桜までもいて団欒を囲むには少々、いや、マッターホルン北壁クラスの障害を乗り越えねばならず、およそ現実的ではなかった。
 しかし、せめて俺だけの前でならば、いちいち隠れたり、遠慮したりする必要はないはずである。
 というわけで、今日こそは覚悟してもらおう。
 俺は自らを鼓舞してもう一度誘いを入れた。やはり断られたが、こうなれば根気勝負である。

「――――――」

「――――――」

 そして、数秒か、数分後―――


「いらない」


 呆れるほどハサンは強情だった。
 これっぽっちも折れる気配がない。
 標的に挑む際、暗殺者は何日も不動でその機会を窺うという。
 その親玉みたいなハサンに対し、俺が根気比べするのはちょっと無謀だったかもしれない。
 俺だって、まだ引く気はないけどな。

 それにしても―――ああ、そうだ。
 俺と一緒に俺が作ったメシなんか食えない、食えるかっ、なんてことなら―――落ち込むけど―――まあ、理解はできるんだ。
 でも、ハサンの場合はそういうのとは違うと思う。
 はっきりとは言わないし、言えないけれど、なんというか、あいつは物事から己を外して世界を俯瞰していた。
 自分のことなんてどうでもいい。いや、思うことすらしてない。
 自分軽視で卑屈な価値観が、否と言わせてた。漠然とながら、そう感じた。
 しかし、わかったところで、

「どうしてさ? 大したことじゃないし、別にいいだろ?」

「そう。大したことではない。ならばこそ、不要。わたしに気を使う必要はない」

 くそっ、だんだん腹がたって来たぞ。
 ホント、大したことじゃないんだ。こんな、口喧嘩するような価値のあるやり取りじゃない。
 俺が折れるのは簡単だ。
 何もしなけりゃいいだけだから。
 でも、妥協できなかった。
 男の意地とか勿論あるが、そういうことじゃなくて、なんか、気になるのだ。
 それが何なのかわからなくて、モヤモヤで、けれど、間違いなく在る。
 確かめる意味でも、ここは譲れない。


「ダメだ。今日こそは食ってもらうぞ」

 何度も繰り返された言葉。
 もともと薄っぺらい語彙の引出しが、もう完全に底をついている。
 遠坂みたいに弁説技巧を駆使できればいいんだが、当然無理だったりするわけで、とにかく力押し。
 と、そこへ、

「……本気?」

「もちろん、本気――――――っ?」

 ヘンだ。
 ハサンの声に珍しく抑揚の上下がある。
 それだけじゃなくて、白面が少し傾いでいる。
 視線が別のところにあって、追って、それで気づいた。

「あ」

 視線が熱い―――違う。
 熱いのは視線じゃなくて、それが向けられている左手そのもの。

「うわ」

 手の甲を見ると、熱いだけじゃなく、微小に光っていてさえいた。これは―――

「令呪?」

 絶対命令権をもってサーヴァントを従わせる事を可能とする、マスターであることの証し。
 これが鈍く赤色の光を放っていた。
 感情の力みが魔力を湛え、令呪を起こしたのだと推測する。
 まだ発動していないが、発動寸前であるのが感覚的にわかった。

 拙い。

 当然、そう思った。
 遠坂の言葉を思い出す。

『大事にしなさい』

 もっともな忠告だ。
 令呪はサーヴァントに対して行動を束縛するだけでなく、強化する等といった戦術転用も可能とする特別な神秘。
 但し、数に限りがある。マスター一人、或いはサーヴァント一体につき、3回まで。
 一つは必ず残さないとならないから、事実上、2回で打ち止め。
 だからこその『大事にしなさい』との助言である。
 しかし、遠坂はこうも言っていた。

『勿体無いからって、使うべき時に使わないと無駄になるわよ』

 葛藤が巡って、不意にハサンの姿を見た。
 何も変わらない。
 仮面をつけているし、当然だ。
 その下の顔にあるはずの顔だってわからない。

 そして、わけもなく思った。
 今がその「使うべき時」なのかもしれない。

 で、さっき、なんて言われたっけ?―――そうだ。

『……本気?』

「ああ、本気だぞ、ハサン―――」

 きっと俺は令呪の熱に中てられたんだろう。
 はっきりしているのは、今ここで引いたら次はない、ということ。
 ならば、と、俺は自分の意志で左手を掲げた。

 告げる。


「ハサン、メシを食おう」


 口にしたのはそれだけ。
 サーヴァントに対する絶対命令を行使した。
 俺が叫ぶと同時に令呪は一際大きく輝いて、そして光が消えた。





「……………………」

「……………………」



 やった。
 やってしまった。

 光が消えた後の礼呪を見ると、一回り小さくなっていた。しっかり履行されたらしい。
 微妙に室内の体感気温が下がった気がするのは、俺の心境に由来する問題だろう。
 今更遅いが、ちょっとばかり悔恨の念が襲ってきた。

「えっと、大丈夫か……?」

 と、おそるおそる訊いてみる。

「期間や回数を指定せず、また対象の語彙も広義であるため、礼呪の束縛は緩いようだ。
 幾らか影響はあるものの、従来の活動に支障が出ない程度には抑えられている」

 ハサンの返答は淡々としたものだった。
 苦しいとか無くて、俺は少し安心する。
 また、ハサンの口調はいつも変わらず、特別怒っているふうでもない。
 が、そのことが逆に怖い。
 ……やっぱり呆れているだろうか。

「――――――」

 怒っている?とも訊けず、結果、二の句が継げないのは必定。
 そこへ、ふっと、

「シロウ、意地っ張り」

 ぽつりと呟いた後、ハサンのサイズが半分ぐらいに小さくなった。
 ただ単に座っただけだと気づいたのは、瞬き数度してからのことだった。

「戒めの効果は薄くとも、存在していることに変わりない―――放置していいものではないだろう」

 その言葉でハサンからGOサインが出たってことに思い至る。
 無茶で強引で、後々には自己嫌悪に呻くこと確実ながら、どうやら当初の目的は果たせそうだ。
 俺はこれ幸いとばかりに、現実に即応して事を処理しようとするハサンの性格に甘えさせてもらうことにした。

「待ってろ。いますぐ作ってくるから」

 こくりと頷くのを確認してから、気が変わらないうちに、と、俺は台所へ駆け込んだ。












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2006年01月03日

Faceless token.15-2








   Faceless token.     15 / Competence U










「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


 バカ虎、光臨。
 互いに顔を見合わせ、会話がぴたりと止まる。

 桜はともかくとして、リビングには遠坂とセイバーがいる。
 現状はぱっと見、何処の女子寮かと問い詰めたくなるような衛宮亭だ。

 なりたくてなったわけじゃないが、虎の生態に関して第一人者である俺が思うに、
 叫ぶ、吼える、暴れる、物を壊す。
 場が治まるどころか、むしろ混乱、混沌、大惨事な有様が目に浮かんだ。
 身内も同然な人に対して我ながら酷い諦観だと思うが、
 藤ねえに大人の対応を期待するだけ野暮ってものである。

「ど、どうしましょう」

 桜が視線を彷徨わせた。俺も以下同文。
 結果が見えていても、この短い時間では対処のしようがない。

「あら、先生が帰ってきたみたいね」

 と、遠坂。

 巻き込まれただけの俺たちが慌てているのに、
 その肝心の元凶がまるで他人事のような余裕な態度で、何か理不尽なものを感じる。


 そんなことを考えてる間にも、ずかずかと廊下を歩く音が近づいてきた。
 ばたんっと扉が開き、藤ねえが居間に顔を出す。

「士郎、いるんじゃない。だったら、ちゃんと返事ぐらいしなさいよぉ」

 最初に目が合ったのは俺。

「……お、おかえり、藤ねえ」

 もう、成り行きに任せるしかないな、と、答えながら思う。

 俺が挨拶したことに気を良くした藤ねえはうんうんと頷き、
 それからゆっくりと居間を見渡した。
 そして当たり前のように二人の姿を補足した。

「あ―――」

 と、何か言おうとして、

「おじゃましてます。藤村先生」

 遠坂が先手を取って挨拶をし、礼儀正しく頭を下げた。
 セイバーもそれに倣う。
 藤ねえは、ぱっと顔を輝かせて、

「あら、遠坂さん、セイバーちゃん、いらっしゃい。
 この家なにも無いけど、広さだけはじゅうぶんだから、ゆっくりしてってね」

 と、まるで自分の家のようなこと言って、微笑みかけた。
 それから俺たちの真ん前を抜けて、所定の自分の席に座った。


「…………」


 ……拍子抜けするぐらいに、普通の会話だった。
 普段の藤ねえを知る俺と桜は、思わず顔を見合わせる。

 しかしこれで終わりだとは思えない。
 たぶん頭の中がオーバーヒートして、状況把握に時間がかかっているのだろう。
 嵐の前の静けさってヤツだ。

 この寸暇、戯れに閑寂が占めた居間に、壁掛け時計の針音がやけに響く。
 ごくりと唾を飲み込み、覚悟を決め、俺は虎が咆える瞬間を待った。

 待った。

 待った。

 待った。

 待った……


 ……あれ?


「ん? どしたの、士郎。不思議そうな顔しちゃって」

 おかしい……いつまで待っても暴発しない。
 逆に、テーブルの上に顎を乗せて弛緩している藤ねえに、そう問われてしまった。
 不思議なのはアンタだ、と、叫び出しそうになるのをぐっと堪え、訊く。

「藤ねえ、驚かないのか?」

「何に?」

「何って―――遠坂とセイバーが家にいるわけだが」

 これでは不純異性交遊だ―――違うけど。
 で、あらためて藤ねえに訊ねる、と、

「驚かないわよ。だって、わたしが呼んだんだもん」

「―――は?」

「今日って約束してたわけじゃないけど、いつでも遊びに来なさいって話してあったからね」


 俺は咄嗟に遠坂の方へ顔を向けた。
 フッと表情を緩め、肩を竦める遠坂の姿が目に止まる。

 ……やられた。

 妙に余裕ありげだった態度といい、要するに遠坂は先に藤ねえを落としていたわけだ。

 しかし、どうやって遠坂は藤ねえを陥落させたんだ?
 口がうまいのは何となくわかるが、理屈が通じない相手というのは歴然と存在する。
 藤ねえがまさにそれだ。
 ちょっとやそっとの説得が通じるほど生やさしい人じゃない。
 まさか、腕力で―――なんてことを考えてると、


「ま、そういうわけだから」


 藤ねえとのやり取りを遠巻きに見ていただけだった遠坂が動く。
 俺の肩に手を乗せ、そんなことを言った。

「桜も、からかって悪かったわ。鍵は返すわね」

「あ―――いえ……」

 狐につままれたような顔をしている桜の手のひらに、遠坂がそっと鍵を握らせた。

「いろいろ言いたいことはあるだろうけど、今はこれで納得してちょうだい。
 せめて此処にいる間だけでも、セイバーとは仲良くしてあげて」

 遠坂はそう言ってセイバーの手を取り、桜の前に差し出した。
 これまでのやり取りから鑑みるに、桜と遠坂はもとからの知り合いみたいだけど、
 そういえばセイバーとは初顔合わせ。
 半ば無理やり拵えられた対座に、二人はどちらからともなく頭を下げた。
 この少女たちの和解を、藤ねえはニコニコと、俺は呆然と立ち尽くしたまま見送った。


「もういいわね。衛宮君はまだ納得してない顔してるけど、
 立ち話も何だし、続きはまた後にしましょう」


 遠坂はあからさまに、この件を打ち切ろうとしていた。
 ……そうだな。
 せっかく治まりがつきかけているところに、わざわざ虎口に飛び込む必要はない。
 遠坂が藤ねえに何を言ったかたいへん気になるが、
 火急の話ではないので後でもいいだろう。
 もしかして、もしかするとだが、魔術を使った可能性もあり、
 そうなると、桜や藤ねえがいる前で話せる内容じゃなくなる。
 どうせ、他にも訊きたいことが山ほどあるわけだし、今は遠坂に従うことにした。



「……よし。もう時間も遅いことだし、取り敢えずメシにするか」

 気持ちを切り替え、建設的な方向に意識を向ける。
 桜が落とした買い物袋とその中身を回収するために、俺は膝を曲げて手を伸ばした。

「そーよ。お姉ちゃん、おなかぺこぺこーっ。で、今日の献立はなに?」

「ああ、わるい、藤ねえ。
 俺もついさっき帰ってきたところだから、まだ手もつけてないんだ。
 ちゃっちゃと作るから、もうちょっと待っててくれ」
 床に落ちている食材を拾い集めようと屈伸。それから言った。

「そうだ。遠坂とセイバーも食べてくだろ?」

「ええ。そうして頂けると助かります」

 と、これはセイバー。
 控えめで丁寧な口調ながら、迷いなくきっぱり頷くのがセイバーらしい。
 同じ欠食児童でも、これを出来るのが藤ねえとの差だ。
 一方の遠坂はというと、

「ふーん。そうなんじゃないかと思ってたけど、
 この家の食事って、やっぱり衛宮君が作ってるんだ」

 と、そんなことを言い放った。
 何処となく含みある物言いに、俺は抗議の声を上げる。

「別に好きで作ってるわけじゃないぞ。
 基本的に一人暮らしだから、自分でやらなきゃならないだけだ。
 今は桜だって手伝ってくれるし」

「はい。先輩は料理の師匠です。わたしなんて、まだまだですけどね」

 桜が相槌するように話を合わせてきた。
 本人は謙遜するが、実際、桜の上達は目覚しいものがあったりする。
 握り飯もろくに作れなかった家に来たばかりの頃に比べると、雲泥の差だ。
 和食はまだ俺に分があるが、洋食あたりはもう追い越しているのではないだろうか。
 師匠としては、弟子の成長を喜ぶと共に、
 こっちもうかうかしてられないな、と、気を引き締めるしだいである。
 そんなふうに和やかに桜と話していると、


「そう、桜がねえ……」

 意外そうに遠坂が感想を漏らす。で、

「だったら、今日は私が作ろうかしら」

「はい?」

 何が「だったら」なのか不明だが、予期せぬ提案が遠坂の口から出てきた。

「遠坂が、か?」

「失礼ね。私だって料理ぐらい作れるわよ」

 あ、そういえばセイバーが遠坂の料理を褒めていたっけ。
 セイバーが評価するからには、生半可ではないのだろう。
 遠坂は何でも出来る気がするし、
 逆に意外なものが苦手なんじゃないかという気がしないでもない。
 この場合、答えはミスパーフェークトの二つ名を裏切らない、前者の方だったようだ。


「そうね、二人が和食で洋食なら、私は中華でも作りましょうか。どう?」

「どうと言われてもな。今日は遠坂はお客さんな訳で―――」

「あ、遠坂さん、中華ができるんだ。たのしみー」

「藤ねえ……」

 渋りつつもはっきりと拒絶できない俺を無視して、藤ねえが言った。
 遠坂が今晩の夕食を作ることを認めている、というより、もはや決定事項な物言いである。
 たしかにうちの食卓に中華料理があがることはないから、好奇心が勝ったのだろう。
 教師として、それでいいのか?
 ちなみに、ここでは話題に上がっていない藤ねえの得意料理は、ダイエット料理である。
 どんなに高カロリーな食材を用いても、完食すれば三キロは痩せられるという……。


「むむ、凛が作るのですか?」

 セイバーが口を挟んだ。

「そうよ―――なに? 不満そうね」

「い、いえ。そういうわけでは……。
 てっきり、今日はシロウの料理が食べられると思っていたので」

 否定しつつも、セイバーの微妙な表情を見れば、本心ではないことは明らかだ。

「あんたねえ、うちのエンゲル係数がどんなことになってるか、わかってる?
 食費が払えないなら、労働で返すのが基本。等価交換よ。
 今日のところは我慢して、次にしなさい」

 次もあるのか?と脳内突っ込みする俺をよそに、
 遠坂の説得に対して、セイバーは仕方なしに頷く。
 人様の家計に口出しするつもりはないが―――、
 言葉尻に軽口と聞き流せない怨嗟が込められている気がして、ちょっとだけ気になった。

 ともあれ、これで3票が遠坂の手の内に。

「で、衛宮くんはどうかしら? まさか、他人は台所に入れたくないとか、そんな信念があったりする?」

「いや、そういうわけじゃないが……」

 正直、遠坂が作る夕飯に興味がないといえば嘘になる。
 それに、今日は夕飯を二回作ろうと思っていたところでもあった。
 手間を厭わぬつもりはないけれど、物理的に助かるのは事実。

「わかった。今回は遠坂にお願いする」

 まあ、完全に俺に結論を委ねているっぽい桜の票を合わせても、多数決で負けるし、
 説得の仕方によってはセイバーを引き込めそうだが、
 そこまでして拒絶する理由もなかった。

「そう、よかった。じゃあ、さっさと作りますか。士郎も手伝いなさい」

「あ、ああ。いいぞ」

 そうして遠坂が俺の手を取り、厨房へと誘う。


「あ、私も手伝います」

 桜が名乗りを上げた。

「ん、よろしくたの――――――っっっ!!」

 皆に見えない角度から、遠坂が俺の脛に蹴りをいれ、息が詰まった。
 体を寄せ、俺に耳打ちする。

『桜を連れてきたら意味ないでしょう』

 そ、そうか。鈍い俺でも理解できた。
 遠坂は二人で話せる時間というか、場所を作ってくれたのか。

「台所に三人は狭いし、俺だけで大丈夫だから、桜は居間で待っていてくれ」

 まだ何か言いたげな桜を置いて、俺たちは遅くなった夕食を作るべく、移動した。








 next 15-3


posted by 止水 at 16:58| Comment(1) | TrackBack(0) | SS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月10日

Faceless token.15-1



Faceless token.十五話、前半1/3ほどです。
リライトしていない草稿ですので、大幅に書き直す場合があります。ご容赦を。









   Faceless token.     15 / Competence T









 俺はセイバーを連れたまま、坂を上り切った先にある武家屋敷に、
 つまりは慣れ親しんだ我が家を目指して歩いて、それから程なく到着した。

 無駄にでかい門に阻まれて分かり難いが、居間の灯りが点いている。
 試しに玄関扉に手をかけると、抵抗なくガラガラと横にずれた。
 もちろん戸締りを忘れた訳ではなく、これは家の鍵を持つ人物が中にいるという証しである。

 中に入ると、玄関には見慣れた桜のローファーの靴があった。
 時間も時間だし、部活が終わって帰って来ていても不思議はない。

 問題は次だ。
 此処にある筈ない女物の靴がもう一足、鎮座していた。
 それを見て、やっぱりか、という諦め。
 頭を抱える。
 誰の物か、俺はだいたい理解していた。

 ―――で。
 廊下を渡り、居間に入ると、その人物が俺を出迎えた。



「あら、士郎。随分と遅かったじゃない」



「…………」


 言葉もない。
 リビングにはまるで自分の家のように寛ぐ遠坂がいた。
 彼女は足を伸ばし、剥き掛けの蜜柑を手のひらで転がしている。
 何処から探してきたものか、置かれた湯呑みからは湯気まで立っていた。
 図々しいというか、その豪胆さがいっそ、清々しいぐらいだ。



「おまえなあ……」


 まさかと思った事が当たってしまい、
 かといって、予想的中に俺が喜べる筈もなく、ただただ呆れる。
 と。

 どさり。

 すぐ横で何かが落ちる音がした。
 反射的に目で追い、それが満載の食料品が詰まった袋であると気づく。
 ぎりぎりと首を曲げて横を見た。

 桜。

 俺にとっては妹的存在で、男所帯甚だしい我が家における一服の清涼剤。
 その彼女が隣にいる。
 見ると、桜は着替えてもおらず、俺と同じような姿勢で固まっていた。
 帰ってきたばかりなのだろう。
 タッチの差だったみたいだ。
 それが良かったのか、悪かったのか―――いや、たぶん悪い。


「先輩……あの、これはどういう……」


 桜が怯えを含んだ声で俺に訴えかけてくる。


 ……さて、困った。
 問い詰められるが、答えようがない。
 家主である俺が留守中、なぜか遠坂さんが家で寛いでいる。
 桜が納得できるような答えを捻り出すのは不可能に近い。
 だからといって、無言は尚更拙いだろう。

「そ、それは―――」

 と、そこで元凶が無責任が口を挟んだ。



「士郎、べつにいいんじゃない? 教えてあげたら?」


 無茶、言うなよ。
 むしろ俺のほうが教えて欲しいぐらいだっていうのに……!
 ぜったい楽しんでるだろ、アイツ。


「……衛宮先輩を呼び捨てですか……?」

「―――っ」

 遠坂の台詞の中で、俺が空気のように感じていて気づかなかったこと。
 しかし、第三者から見れば意味深な、そんな部分を抜き出し、桜は遠坂に目を向けた。


「あら、よくそこに気が付いたわね。
 だったら、その意味もわかるでしょ、間桐さん?」


 ……意味ってなにさ。
 下僕とかは勘弁して欲しい。

 二人は俺を無視して、何とも言えない緊張感でお互いを観察している。
 と、とにかく、何か話さねば……!


「えっと……これは、だな。話すと長くなるんだけど―――」


 が。


「シロウ、どうかしましたか?」


 と、このタイミングでもう一人が居間に顔を出した。
 ……そう。セイバーさんです。
 正直言って、彼女がいたことも忘れてました。



「…………!!」


 桜の顔に驚愕の表情が浮かび、声も出せずに絶句していた。
 無理も無い。
 俺たちの生活にとことん縁がなかった、金髪の異邦人さんの登場である。



「ああ、凛。シロウが言った通り、此処にいたのですね」


 悪気は無いのだろうが、俺の肩に手を乗せて、セイバーはそんな煽るようなことを言う。
 何となく咄嗟に、俺はセイバーを背に隠した。
 ―――それが悪かった。


「うっ……」


 セイバーを二人の視線から庇うように後ろに引いたため、
 俺は意図せず、三対の少女の目がぶつかり合う地点に立ち尽くす状態になった。

 俺、なんか悪いコトしましたか?

 不思議な均衡が成立して、そのまま凍り付いたような静寂が続く。



「………」

「………」

「……?」



 事情をよく呑み込めないのか、セイバーはきょとんとしていた。
 桜は驚愕だか何だか、たぶん自分でもよくわかってない感情の波に圧され、唖然と。
 遠坂はニヤニヤしている。

 本当はもう一人いて、たぶん俺の頭上あたりに隠れ潜んで俺を見ているだろう。
 しかし、こういったことには知らぬ存ぜぬのヤツなので、役に立たない。
 ―――出てこられても困るが。







「はあ……仕方ないわね。私から説明してあげる」


 沈黙の中、見つめ合うのにも飽きた遠坂が、気だるそうに立ち上がり、口を開いた。
 当然だろう。
 この中で全ての事情を把握しているのは遠坂だけなのだ。
 きちんと説明してくれることを期待する。

 ……が、甘かった。

 魔女の正体は、赤いあくまだったのです。



 カチッ。

「―――?」

 遠坂はテーブルに小さな金属片を置いた。

「これが何か、わかる?」

「なに……って、カギ……?」

「そ、この家の合鍵」

 目を凝らす。
 間違いない。
 あれは朝、ハサンに渡した筈の、この家の合鍵である。
 それが何故か、遠坂の手にあって、今はテーブルの上にある。


「それが、どうかしましたか?」

 俺の気持ちを代弁するが如く、桜が言った。
 遠坂はフフンと笑う。


「鈍いわねえ、桜。
 男が女に自分の家の鍵を渡す。
 ねんねじゃあるまいし、これがどういうことか、わかるでしょ?
 つまり、私と士郎は、そーゆー親密な関係ってこと」


「な――――――!」



 初耳だ。
 というか、完全な嘘である。

 そもそも遠坂が手にしている合鍵は、ハサンに渡したものであろう。
 しかし、それを桜にわかってもらうには、サーヴァントであるハサンの紹介を、
 しいては、聖杯戦争についての説明が必要になってくるため、簡単に話せないのが恨めしい。



「違うぞ、桜! これは――――――ぬおっ????!!!」


 否定しようとしたら、台詞の途中で言葉が途切れてしまう。
 何時の間にか背後にまわった遠坂が、後ろから腕を伸ばしていた。
 そして、自分の体を擦り付けるようにして、俺を抱き締める。
 慎ましながらも自己主張する双丘の感触に、俺の理性は飛びそうになった。


「なっ、ななな、な、なにを……!」

「あら、いいじゃない。どうせ、いつも<・・・>してることなんだから」


 誓って、嘘だ。
 いつもって、いつだよ。

 だいたい、昨日、「ぎったんぎったんにしてやる」とか言ったのは、遠坂じゃないのか?
 まさか、コレがそうなのか?
 たしかに魂魄に受けたダメージは、天に召されそうになるぐらい強烈な仕打ちだ。



「ふふ、耳まで真っ赤にしちゃって……、照れてる士郎もカワイイわね。
 せっかくだから、私たちの仲、皆に見せつけてやりましょ」

「ちょっ、おま ―――――― !!」


 ……いかん、クラクラしてきた。
 遠坂が喋る度に、熱く湿った息が、俺の首筋、顔半面にかかり、脳が融けそうになる。



「凛。少々やり過ぎなのでは……?」


 お。
 静かだったセイバーがずいっと前に出て、己のマスターに物申す。

 混沌とした居間に金髪の救世主が!!

 しかし、遠坂はさらっと言った。



「いいから、貴女は黙ってなさい。ここで追い出されたら、晩ごはん、抜きよ」

「む―――」



 ……ダメだ。くま子さんは役に立たない。

 言うまでもない事だが、セイバーは遠坂のサーヴァントである。
 その時点で、勝負は戦う前から見えていた。
 一日一緒にいただけの俺でも分かるだから、遠坂がセイバーの弱点を知らない筈がない。
 メシを人質に取られたら、彼女は成す術がないのだ…………たぶん。



 やはり俺が動くしかないようだ。
 本能は惜しいと嘆くが、理性をフル動員して遠坂の体を背中から引き剥がす。

「えっと……、桜っ、さくら!?」

 遠坂の饗宴というか、狂演に石化してた桜に呼びかけた。


「はっ!」


「あいつが言ったこと、信じるなよ。アレは俺たちをからかって遊んでるだけだから」

「ほ、本当ですか?」


 うん。間違いない。

 桜の頬に生気が戻ってくる。
 が、


「ふーん、そんなコト言うんだ……。ま、信じる、信じないは、勝手だけどね。
 でも、私の手に合鍵があるのは事実。
 自由に出入りする権利を持っている。
 言ってみれば、この屋敷は私の別荘<セカンドハウス> ―――いえ、愛の巣ってところかしら?」


 まだ言うか、この娘は。
 かわいく同意を求めても、俺は頷かないぞ。


「―――! そ、それなら―――」


 何か思いついて、桜は自分の着衣を弄り始めた。

「んん―――っ」

 何をしているのか、わかった。
 おそらく、張り合うつもりなのだろう。
 鍵が家に自由に出入りする権利証というなら、桜にだって資格はある。
 俺が手ずから渡した正規の合鍵を、桜も持っているのだ。
 しかし、他人の家を別荘などと言い放つ、ジャイアニズム全開な今の遠坂にそれを見せるのは―――



「ありましたっ!」

 桜は合鍵に紐をかけ、首から提げていた。
 遠坂やセイバーには望むべくも無い、乙女の秘密ポケットからそれを取り出し、喜び勇んで掲げた。
 だが、予想通りに、


「あ―――」

 すっと手を伸ばし、遠坂は桜の手から鍵を奪い取った。
 どうして、という悲壮感そのものな桜の顔。


「これはもう、貴女には必要ないモノね。セイバーにでも上げましょうか」

「……セイバー……?」

「そ、あの子の名前。私の連れ。なにか文句ある?」

「………………いえ」

 桜は俯き、口を閉ざしてしまう。


「じゃ、そういうことだから。
 今まで士郎の世話をしていたみたいだけど、もう来なくていいわよ。
 はっきり言って用済み。おつかれさま」

 と、遠坂は容赦なく追い立てた。



「いいかげんしろよ、遠坂。どういうつもりだ?」

 成り行きを見守っていたが、さすがに今のは看破出来ない。
 冗談にしても、大概、酷すぎる。
 俺を弄るならともかく、桜にあたるのは筋違いだろう。
 声を荒上げて、遠坂に迫った。



「どう、って、桜を追い出すつもりに、決まってるじゃない。あんたも協力して」

「そんなコト、できるかよ。なんだって、いきなり―――」

「結果同じなら、早い方がいいでしょ」

「あのなあ―――」

 と、俺たちが言い争いをしてると、不意に、




「………………返して、ください」

「え―――なに?」

「鍵を返してくださいっ!」

 小さな声で、しかしはっきりと桜が主張した。
 敵意というか、妥協しない対抗心といったものが語調に滲んでいる。
 遠坂は目を見開き、驚きの表情をしていた。
 もちろん、俺も。


「ダメよ、鍵は返さない。家に来られても迷惑だし、来ないほうが貴女のためだから」

「納得できません。どうして先輩を巻き込むんですか?」

「そ、そんなこと、貴女には関係ないじゃない」

「関係なくありません。私がいちばん先輩のコトをよく知ってるんです。
 姉さんの方こそ、先輩と何の関係があると言うんですか?」

「……とにかくダメよ。諦めなさい」

「答えられないんですね。だったら、早く鍵を返してください」


 それは驚くべき光景だった。
 例え口であっても争い事を好まない桜が、あろうことか、遠坂に噛みついている。
 そんな桜を見たのは初めてで、なんて言ったものか判断がつかない。

 もっとも、少々桜の勢いに圧され気味だが、遠坂も譲る気はないらしい。
 結果、殺伐としてくる。


「……………………」

 視線を逸らすと、セイバーと目が合った。
 アイコンタクトで情報交換し、互いに手の施しようがないと首を振る。

 どうやって収拾つけたものか ―――




 ―――と、そこへ、救い主は意外なところから現れた。






 がらがらと玄関の横開き戸が開く音がして、


「しーろお―っ、おねえちゃん、おなかすいた―――!」


 能天気な声が屋内に木霊した。








next 15-2
posted by 止水 at 23:40| Comment(3) | TrackBack(0) | SS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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